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長江にいきる 秉愛の物語 Comments (2)
冒頭、旦那さんと二人でみかんの取り入れをしていた、この作品の主人公であるビンアイさんが、なんとみかんを入れた50キロもの籠を担ぐシーンに驚かされる。それだけ男尊女卑なのか、と思うのだが、実は、旦那さんが足が弱くて重いものが担げないから、ということがわかり、ビンアイさんが家族の大黒柱であることに感心する。そこから、ビンアイさんの魅力に観客はどんどん惹きこまれていく。
ビンアイさんの人生は、どこを切りとっても悲劇的だ。好きな男性と恋愛していたのに、別れさせられて今の旦那さんと結婚したこと。何回も妊娠するのだが、国家の政策もあって産めなくて何度も流産や堕胎をしてきたこと。そして、三峡ダムによる水位の上昇で、今まで開墾してきた土地を手放さざるおえないこと...。特に、土地や家を手放させようとする役人とビンアイさんとの対決のシーンは、その悲劇の極みと言えるものだ。
中国では、土地や家はすべて国が管理していて、国の一声で住人たちはすべて失ってしまう。ビンアイさんが、「自分はどんなに苦しいときでも国にたよったことなどない」と言いながら、立ち退きを求めてやってきた役人たちを睨みつけるシーンは迫力満点だ。長江のそばで、三峡ぞいの斜面ばかりの土地であっても、得てきた恵みを手放したくないビンアイさんが、今の地にとどまって生きようとする姿、苦労を苦労とも思わない人生を生きてきた、たくましくて強い様子は、見る者の心を震わすくらいに感動的だ。
そんなたくましさの一方、自分の息子や娘、旦那さんを気遣う様子は、とても優しい妻であり母親の一面を見せる。その優しい顔をしたビンアイさんが、結婚させられたことや流産などの苦労話を淡々と語るシーンは、切々とした情感に満ちている。この作品はドキュメンタリーなのだが、ドラマ性の高い内容で、人間の生き様を物語っているように感じた。
この作品の中でひとつ気になったことがある。それは、ビンアイさんの口から子どもたちの幸せを願う言葉はあっても、自分の幸せを語るシーンは、一度も出てこなかったことだ。幸せを掴むためならどんな苦労もいとわない、のが人の生き方だとしたら、ビンアイさんに幸せを感じるときがないことこそが、最も悲劇的なのだ。
この作品の監督は、ビンアイさんのその後も撮影していて、続編として公開するらしい。今度はぜひ、ビンアイさんの口から幸せな瞬間を聞いてみたいものである。
これは力強いドキュメンタリーだ。
巨大ダム建設の為に沈みゆく幾多の村々。
その中で単なる一住民にすぎない、秉愛とゆう極々普通の主婦を通して中国政府が掲げる政策の矛盾を突く内容です。
冒頭でいきなり「好きな人とは親に引き裂かれ夫と強引に結婚させられた。」と語る秉愛。
その夫は体に障害を抱える為に彼女が一家の大黒柱として働かなければならない。
とにかくこの秉愛のキャラクターが強烈である。母親で在りながらも父親の様な存在感でも在る。
長期間に渡って記録された撮影の間で、少しずつ移住対象の家庭はそれぞれ居なくなり、秉愛の住む地域には彼女の一家だけが取り残される。
政府に言わせると「県で何とかしろ!」であり。県に言わせると「郡で何とかしろ!」であり。郡に言わせると「村で何とかしろ!」であり。村に言わせると「地区で何とかしろ!」であり…と、もう際限が無い位の投げっぱなし状態でしかない。
そこにはおそらく幾多の利権が絡んでおり、だからこそ責任者達は「ああだ!こうだ!」と半ば強制的に迫って来る。そこには勿論、移住民達を見下した様な態度が見え隠れし、更には対面を整えるだけの姿勢も伺える。
だからこそ「絶対に生き抜いてみせる!」とカメラに向かって宣言する秉愛の力強さに心打たれる。
作品中には彼女が経験した“ある出来事”についても語られる。
これこそが、中国政府が掲げる《一人っ子政策》に対する答えがここに在る。
彼女はこの出来事に対して特に政府に文句を言う訳でも無い。せいぜい「罰金を取られてしまうから…」と語る程度だ。寧ろちゃんと避難が出来無かった事で自分をなじる。
都会に住む主婦ならばいざ知らず、これがやはり地方で苦しい生活を営む家庭の実情と云って良い。
最後の最後まで存在感の薄い夫だが、「何が何でも此処に住め!」と、荒れ果てた土地に連れて来た責任者達には、秉愛以上の強い態度で“権利”を主張する。
果たしてこの2人の夫婦は彼らの半ば脅しに近い条件提示に屈してしまうのだろうか?…ドキュメンタリーで在りながらも、第三者で在る観客にはドキドキしてしまう内容だった。
「心配だから降りて来たよ」と、ネーブルを持って長江の川べりで撮影中の秉愛のところにやって来た夫。
映画の途中で「結婚するまでは嫌いだったけれど、結婚してから恋愛が始まった…」と語っていた秉愛の言葉が結び付く。
(2009年3月10日ユーロスペース/シアター2)